若穂の煌めき
- TenChiJin
- 2019年11月9日
- 読了時間: 2分
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日常にはドラマがあり、
ましてや人生やその岐路においては、
最も懐かしさや郷愁望郷への想いが強くなっていくものである。
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写真は記録的価値の高いものではあるが、
単なる記録ではなくて、
シャッターを切った時の想いは、
記録以上に自分の記憶に残って存在するのである。
・ ・ 僕には老いた父母がいて、
幸いなことに僕以上に健康にしていてくれいているのだが、
寄る齢波にはさすがに勝てず、
今年2019年をもって水田耕作を終えることとなった。
父が自分で決断したのである。
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父親は長年高校教師を勤めてきて、退職後は米作農夫へ。
勤めているときにも米作りはしていたから、よくやってきたんだと思う。
僕には、無責任な言い方かもしれないが、農業なんてできないから、
代々引き継がれてきた耕作地も今年で終わり。
後ろめたさは感じてしまうが、
こうして農家、
という存在は少しずつ日本からなくなっていくのではないかな。
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今年は最後の年ということもあって、
父の希望もあり、写真もいっぱい撮った。
力作の写真集を創るつもりだ。
少しでも記憶とともに記録として残ることを願っている。
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・ 玄光社フォトテクニックデジタル11月号
ネイチャー風景部門(次点)掲載
『若穂の煌めき』
date 2019.8.14
location 新潟県佐渡市新穂
NikonD850 + AF-S70-200mm f/4G
SS1/2500,f/4,ISO200,マルチパターン測光
=解説=
稲刈りの近づく夏の終わりは、水量の調整が最も重要である。
秋の雷雨や台風、秋雨などを勘案し、稲刈りの日取りを決定する。 長年の勘と経験が頼りなのだ。
そのような季節が近づく天気の良い夏の早朝に、家の稲を見にきた。
若々しい成長前の穂先に朝霜がキラキラと美しく光っていた。
しばし見惚れていたが、記録にとりたいと思いシャッターを切った。
ホタルが舞うかのように見えたのかもしれない。
この撮影も僕だけの有為な記憶に残る写真になるだろう。
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