去年の春,今年の春,来年の春...
- TenChiJin
- 2020年4月15日
- 読了時間: 3分
桜は、多くの人を魅了する花であることは間違いがないところである。
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この花のイメージとして
出会い・別れ・出発・卒業・入学・・
人それぞれだし、その時の状況によっても違う。
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僕はポートレート撮影としてこの桜という花を捉えるとき、
一人のモデル(被写体)を思い浮かべてしまう。
もうモデル卒業しているので名前を述べる必要はないと思うけど、
(どこかのブログで前述している)
僕がポートレートの撮影をしてきて、
間違いなく彼女を撮ることでカメラマンとして成長してしてきたと思うし、
それまで曖昧だった「人物撮影」の核を固めることができたと思っている。
(遠方なのでそんなに回数が多いわけではないけど、自分的には驚異的な回数)
それは今でも変わっていないし、
彼女との撮影を通して確たる信念みたいなものを持つことができたといっていい。
それは他のモデルさんを撮っても変わることがない自信のようなものになったし、
現在の撮影スタイルは自分自身間違っていないと思っている。
これについてはいずれ書くつもりでいるが本題ではないので避けることとする。
ともあれ、このように導いてくれたのは今思うとまさしく彼女のおかげなのだ。
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1.なぜ彼女の瞳は私を引きつけたのか
2.なぜ彼女が目線動線を止めたとき時間が止まったように感じるのか。何枚も撮れたのか。
3.そのそもどのように(衣装・シチュエーション・ロケ・天候・昼夜)彼女を撮るのが正解なのか。
という疑問を、いつも自分に問うていたような気がする。
不思議な撮影だった。
彼女自体も今考えると自分にとって不思議な存在だったのかもしれない。
答えは今となればわからないし、わからなくてもいいと思っている。
いずれ僕にもわかるとき、
カメラマンとして成長すればおのずと見つかるものであると思っているから。
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昨年は彼女の最後の撮影と思い、桜の季節と制服の衣装を選んだ。
かけがえのない挑戦だったのかもしれない。
それは
今までで一番美しい桜だった。
そして今年も桜は咲いている。
来年も美しい桜が咲き誇ることだろう。
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<4枚組>
「哀桜・卒業」
model Miku Ito (マシュマロ撮影会)
2019.春
後述
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今まで彼女の写真はレタッチをかなり時間を要して行ったが、今回の作品はほぼノーレタッチ及びデータ修正をしていないものである。
もしかすると彼女はフィルムで撮影するのが正解だったのかもしれない。
写真にはポートレートにはピントや露出調整なんかよりもっと大切なものがあるのだ。
そう彼女のよさはフィルムでこそ表現できたのかもしれない。
いまになってではあるが、防湿庫にあるフィルムカメラをそっと手に取ってみて彼女を撮影するイメージを沸かせてみた。
いいのが撮れるに違いない。と感情だけが僕の胸をよぎった。
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